車・バイク遍歴


元々視力がとても悪いので、車はおろかバイクなんて考えてもいなかったんですが
幼なじみに唆されてついバイクの免許を取ってしまいました。
「遍歴」という程数はありませんが私が乗ってきたバイク・車を紹介します。

・車編

トヨタ セリカSS-II SS
平成16年式
平成16年12月〜平成21年3月

1999年9月にフルモデルチェンジしたZZT231型です。セリカへの憧れ絶ちがたく どうせ買うならと最上位モデルのスーパーストラット・パッケージにオプション カラーのブルー・ブラック・マイカにしてしまいました。
暮れも押し迫った23日に納車されました。10年ぶりの右ハンドルでしかも 初めての新車ということもあり、相当に緊張しましたね。でも帰り道に いきなり東北道に乗って栃木I.C.まで往復してきましたけど・・・
その後2回近所をウロついてようやく車に慣れてきました。この「慣れて きたから大丈夫」と気の緩んだ時が一番危ないんですよね。注意して 運転します。折角の綺麗な車なので、キズものにしたくないです。

残念ながら不眠症になったせいでドライブに出かけられなくなり 維持費などを考えて手放しました。途中若干間は空いた時期がありますが ほぼ20年近く車のある生活をしていると、「ない」と何だか自分が家に 縛りつけられているような気がしてきます。折角ドライブに最適な伊豆・箱根に 近いところに住んでいるのに と思うと無性に出かけたくなります。 不眠症が直ることを信じて、直ったらまた次の車でドライブに出ようと 思ってます。
三菱エクリプスGSR-4
平成3年式

平成5年4月〜平成16年12月

1989年に、当時三菱がWRCを戦っていたギャランVR-4のシャーシまわりを流用 しアメリカで組み立てられた「逆輸入車」です。販売当初は日本への導入は 計画されていなかったらしく、日本の保安基準を満たすため通常は フォグランプになる部分をウィンカーとして使用しているのが 外見上の特徴です。

当初はセリカGT-Fourを探していましたが、「タバコを吸わなかった車」という 条件がクリアできるものがなく、"4駆・クーペ・マニュアル"で条件を広げて この車になりました。
購入直後に顔馴染みのディーラーに点検してもらったところ、スプリングは カットしたまま、触媒もないので車検に通らない と言われ、購入した店と 交渉して全部ノーマルに戻させた なんてことがありました。3年程で乗り 換えるつもりでしたがズルズルともう10年乗りました。
ドアを閉めると自動でかかるシートベルトと、助手席で思い切り足を のばしても大丈夫なところが同乗者にはウケますが、左ハンドルのマニュアル 車なので誰にも運転を代わってもらえず、会社の同僚などとスキーなんかに出る 時は苦労しました。
車自体はもう14年目なので、全塗装したり天井を張り替えたりコンピューター を交換したりと大分修理費がかかるのでそろそろ買い換えました。
写真は全塗装があがってきた日に撮影したものです。
トヨタ スープラ 2000 GT Twin TURBO
昭和61年式
平成3年9月〜平成4年3月

↓の車で半年間練習し、ある程度自信もついたので前から欲しかったスープラに 買い換えました。丁度この車に買い換えた頃に目の異常が見つかって会社を辞める ことになり一旦実家に戻ることにしたんですが、引っ越しの日程の都合で アパートに1泊する必要があり、布団一式をどうやって持って帰るかが悩み所 でした。 で、試しにスープラに積んでみたところ何とか収まったんですよ。もちろん 後ろは全く見えない状態でしたが、「やれば入るんだねぇ」と妙に感心した ことを覚えてます。このおかげでレンタカーを借りずに済んだので助かり ました。
次の会社の給料では車を維持できなかったので手放すことになりましたが 車が引き取られてゆく時には、何とも自分が情けなかったですねぇ。
トヨタ クレスタ SuperLucent
昭和58年式
平成3年3月〜平成3年9月

車の免許取得後しばらくはバイク専門だったので車には乗ってませんでした。 就職先が車通勤のところだったので友人の親戚に頼んで「とにかく安くて マニュアルの練習になる車」ってことで探してもらいました。
引っ越しの直前には、宅配便ドライバーのバイトをしている友人に頼んで 助手席に乗ってもらい、運転の練習にずいぶんつきあってもらいました。
引っ越し当日は雨で、大宮市->つくば市までの間16号線を通りましたが、車線 の間を区切るペイントが路面の反射のために全く見えない状態の区間があちこち にあり、ヒビリまくって運転したので転居先に着いた時にはもうグッタリして ました。転居先のアパートがまだ未完成の状態で荷物だけ入れてすぐ翌日に 入社式->集合研修で水上行きだったので荷物の片づけをしなくて良かったのは 不幸中の幸い(???)でしたね。

・バイク編

ホンダ VFR400R プロアーム
昭和62年式
平成8年9月〜平成10年11月

バイクのない生活がつまらなかったので、会社の同僚の友達から個人売買 で入手しました。色も形式も最初に買ったバイクと同じで年式もほとんど 一緒という芸のなさ。この当時既にNC30は出ていましたが、ツーリング目的 にはライディングポジションがキツいのであえてNC24にしたんですけどね。
このバイクでは彗星・流星を見によく出かけました。秩父・三峯神社近辺や 熊谷の荒川河川敷が定番でしたね。
ツーリング仲間と伊豆方面に行く途中、東名高速横浜I.C.手前で突如電装系 がトんでしまい走行不能になったため廃車するハメになってしまいました。 原因はバッテリーの液切れで、自分の整備不良でダメにしたことはショック でしたねぇ。
その後外出は専ら車に移ってしまい、100ccのスクーターで近所のお買い物に 出るくらいになってます。
カワサキ ZZ-R400
平成2年式
平成2年5月〜平成8年3月

東京モーターショーで参考出品されていたZZ-R1100を見て「これいい!!!」 と一目惚れしましたが何せ相手は大型バイク。免許もなければお金もないで 悶々としてましたがこの400cc版が出たのでとっとと買ってしまいました。
このバイクは長く乗ったので、岩手の田舎や鈴鹿サーキットなどあちこちに 行きました。
岩手に行った時は途中車両火災で通行止めになり、かなり長いことスリ抜け したのでヘロヘロになったこと、鈴鹿8耐を見に行った時は、帰りを中央高速 回りにしたんですが諏訪の手前からかなり冷えてきて、半袖1枚で走っていた ためもう我慢できなくてトラックの後にくっついて排ガスの中を走って 帰ってきたことなんかが想い出ですね。 (排ガスって結構暖かいんですよ、ノドが痛いですけどね)
ユーザ車検に挑戦したのもこのバイクからです。バイクのユーザ車検はそれ程 難しくないのでその後バイクは全部ユーザ車検でやりました。
冬場にチョークを引いて暖気するとその後エンストを頻繁に起こすように なったので「キャブ交換するよりは」と手放しました。
ホンダ VFR400R プロアーム
昭和63年式
昭和63年4月〜昭和63年9月
当時のバイクはリヤタイヤを車軸の両側からそれぞれサスで支えるのが一般的 でしたが、このバイクは片持ちで支えるのが最大の特徴です。

免許を取って最初に乗ったバイクです。初心者が新車でしかもVFRなんて無謀 と言われましたがバイク屋の店長が「安くするよ」って言うので買っちゃいま した。GWの直前に納車され最初は家の近所を恐る恐るチンタラ乗ってました が、GWの後半に友人に引っ張られて伊豆半島まで行くことになりました。 行きは良かったんですが帰りが大変でしたねぇ。山中湖から20号線に入って 帰ることにしたんですが、その友人は元々三島の実家に帰るのが目的だったので 途中から私独り。しかも20号はド渋滞でまだスリ抜けなんて怖くてできない 状態だったので律儀に車の後ろにくっついて渋滞につきあってました。その 脇を他のバイクがスリ抜けてどんどん先に行っちゃうのを見ていた時の あの孤独感と心細さったらなかったですね。その内私も我慢しきれなくなって すり抜けしていくバイクの後についていきましたが、左側を走っていたと思った ら対向車線にハミ出してたりとチョロチョロ動くんで追いかけるのに必死で 今どの辺りを走ってるのかもわからない状態。道路上の行き先案内の看板に 「大宮」の文字を見た時は「あーー、やっと帰れるよぉぉ」と涙が出そうに なりましたっけ。今から思えばカワイかったですね。でもその経験のおかげで どこにでもバイクで行ける自信がつきました。
その後バイト先をクビになってお金が続かなくなりやむなく手放すことに なったのは残念でした。
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